題:「くりかえし」
僕はどこに向かっているんだろう。
ただひたすらに工場裏のような路地を走っている。
「はあ……はあ……」
立ち止まると自分のアパートの前にいた。
「ああ、家か……何か疲れたな……」
鍵を取り出して、開けようとしたすると、
「あれ?」
開いている。
部屋は間違えていない。ドアノブに手をかけて中へと入る。
泥棒にでも入られたのか?
用心してそろりそろりと中へと進む。
月明かりに照らされた部屋を見て、我が目を疑った。
「なっ」
ない。そう部屋の中には何もなかった。
ベットも机もテレビも本棚も全て消え失せていた。
「どういうことなんだ……」
外へと出る。どこに行こうか迷っていると一人のおじいさんが僕に近づいてきた。
「お前さん、そんな顔してどうしたんじゃい?」
それほどひどい顔をしているのだろうか。おじいさんは僕の顔をのぞき込みながら話しかけてきた。
「ええ、少し不幸なことがありまして。どうしていいのか分らなくて……」
「そうかそうか、それは災難じゃったのう」
僕は内容に関しては何もしゃべってはいないのに変なことを言うじいさんだ。
「うんうん、まだ大丈夫じゃわい。少しついてきなさい」
どう見ても怪しい。
ついて行くか、このまま立ち去ってしまうか迷っているとおじいさんはこちらに向き直って言った。
「この世界に来てしまったならば、前に進まないと何も始まらないぞ! 逃げれば繰り返しが待っているだけだ!」
その言葉の意味は全く分らなかったけれど、おじいさんの表情は真剣そのもので何かを企んでいそうには見えなかった。
「うん、わかった。ついて行くよ」
そしておじいさんの後についていくと一件のアパートに着いた。
それはとても僕が前に住んでいたアパート似ていて、前に住んでいた同じ部屋番号に案内してくれた。
「今日はここで寝るとよいぞ。鍵はほれこれじゃ」
ジャラジャラとポケットからたくさんの鍵を取り出して、その中の一つを僕に差し出す。
「ちょっと待ってください!」
「なんじゃ?」
「えっと……いいんですか?」
「なにがじゃ?」
「いえ…その、なにかいきなりアパートまで使えっておかしくないですか?」
僕は少し距離を取っておじいさんを見る。
「ふぉっふぉっふぉ、わしはここを管理する者じゃ。遠慮なんかいらん」
おじいさんはそう言うと次の用事があるんでなと言って去っていった。
僕はおじいさんの好意を少し疑いながらも鍵を開けて部屋へと入った。そこは四畳の小さい部屋でベットが一つあるだけの質素な空間になっていた。さすがに今日はいろいろなことがあり疲れていたのですぐにベットに入り、意識を眠りへと誘った。
「んっ……」
朝日で目が覚める。
目を開ける前に何かがおかしいことに気づいた。
朝日がまぶしすぎるようで、部屋の中であるはずなのに雑音がひどい。
ゆっくりと慎重に目を開ける。
おかしいはずだった、寝るときはベットの上に敷いてあった布団は草の上にあった。
「なんだよこれ……」
周りを見渡して見ると布団がたくさん並んでいて、まだ寝ている人もいるようだった。
そして皆起きると、ある方向へと歩き出している。
どこへ向かっているんだろう……これについて行けば何かわかるだろうか。
僕はそう思って人の群れについて行った。
人々の人数は次第に増えていき、どこかの商店街を歩いているような周りは人混みになっていた。
本当にどこに向かっているのだろうか、僕はこのままついて行くのは正しいのだろうか。
疑問が頭の中で交錯する。
そこで立ち止まってる人が目に入った。
「あっ! あなたは!」
「おお、お主か。また会ったのう」
アパートの一室を貸してくれたあのおじいさんだった。
「そうだ! 起きると外とかどういうことなんですか!?」
僕は文句を言おうとおじいさんに食って掛かる。
「ほう。お主もこの世界の理には逆らえないということじゃ」
「言ってる意味が前からよく分らないんですが、おちょくっているんですか!?」
「んー、どうしたものかのう」
「まあ、いいです。一つ教えてください。僕はこのままこの人達と同じように進んでいってもいいんですか?」
「お主がこれからどうするにも、一度は進んでみないといけない道だとは思うぞぃ」
「そうですか、わかりました」
僕はこの人とこれ以上しゃべっても無駄だと思った。
おじいさんは別れ際に絶対に逃げるんじゃないぞと叫んでいた。逃げるとか何から逃げろというのだろう、ここはやはり自分で何とかしないといけないと再度思い、先へと進む。
「なんだ……あれは……」
人混みと一緒にある方向に進んでいくと、塔みたいな物が前方に見えてきた。あんなにでかい物だともっと前、僕が目を覚ましたところから見えても良さそうな物なのに、今やっと僕は視認した。
そして、その塔を視認した時にもう一つ気がついたことがあった。
「この分かれ道は何だろう?」
脇道にそれる入り口。この道に行けと僕の直感は告げている。
悩んだ。長く考えていたいけれど、この人混みで立ち止まることは不可能だった。
僕は直感に従った。
「この道は!!」
少し進むと見覚えがある景色。この世界に迷い込む丁度その日に通ったあの工場裏のような路地。
「このまま進めば僕の世界に帰れるのかも?」
走った。今まで歩いていたから、体力も十分にある。
そうすると、向こうから人影が迫ってくる。相手も走っているよう……っ!
気づいたときには遅かった。相手は目の前に来ていて、ぶつかる。
ガンッ!
頭の中で何かがはじけるような音がしたように感じた。そして僕の意識は遠のいていく……。
意識が徐々に戻ってくるのが分った。
布団の中にいるようだ。
「ああ、夢だったのか……」
もう少し寝ていたい。まどろみの中でと思ったが異変に気づく。
布団から飛び出すと、そこは外でいくつもの布団が並んでいた。
そこでおじいさんが言っていた意味が分った。
逃げれば繰り返しが待っているということが……。
(ブラウザの「戻る」で戻ってください)