題:「わたしにとって」
あの時も、ちょうど雨が降っていた。
降りしきる雨の中、ただひたすらに私は呆然と歩いていた。たどり着いたのはただの橋の下。どうしてこんなところに来たのか、なぜここにいなければいけないのかもわからなかった。
ただ、行く場所もなく、雨がしのげる場所に行こうと思っただけのこと。
寒さに震えるのはいつものことで、今日もそんなに耐えられないことはなかった。
そこに、あなたが現れたのは昨日のことのように覚えている。
「どうしたの? こんなにずぶぬれになって」
私はあなたには関係ないと思って、その場を立ち去ろうとした。周りに誰かいるより一人のほうが落ち着くから。それは生き抜くために身に着けた術でもあったから。
でも、あなたは私を家につれて帰った。暖かい食事、暖かいお風呂に寝床まで与えてくれた。でも、私はいつも一人でいた。ここにもそんな長居なんてしていられない。次の日に、ひっそりと私はその家を出ようとおもった。
だけど、出て行くときにあなたに見つかってしまった。そのときあなたはこう言ったよね。
「ちゃんと帰っておいで」って。
私は帰るつもりなんてさらさらなかったのだけれど帰るとまた暖かい食事、寝床が待っていると思うと、いつの間にか足は家のほうに向かっていったんだよ。
私は今まで一人で生きてきた。これは私にとって誇りでもあるんだ。
そう思った次の日には家に帰ることはやめたんだ。
でも、さすがにまた一人で生きていくのは辛かった。
一度いい夢を見てしまうといつもの日常がこんなにも辛いなんて思いもよらなかった。最近は不景気になり、ろくな食事にもありつけず、雨風がしのげるあの橋の下の居場所がつらい場所となってしまっていた。
そんなときに、またあなたが現れた。もしかすると私はここで待っていたのかもしれない。
「どこに行ったのかと心配したじゃないか。またこんなにびしょ濡れになって、風邪でもひいたらどうするんだい」
それがあなたとの2度目出会いだった。
あなたとの暮らしはとても楽しかった。
なによりも一人じゃないと感じれたのは初めてで、人のぬくもりがこんなにも暖かかったなんて思いもよらなかった。
こんな幸せを与えてくれたあなたになにか恩返しがしたいけれど、私ができることは少なく、なにをすればいいのかもわからなかった。ただあなたはいつもそばにいてくれと言っていた。だから私は昔のように放浪することはなくこの家にいた。あなたのそばにいるようにと。
あなたが家にいないときは時折抜け出してはいたんだけどね。
ある日のことあなたが一人の女の子を家に連れてきた。これはあれだなと思い、久しぶりに町を徘徊することにした。帰るとあなたはものすごく怒った。
「こんな時間までどこ行ってたの? もっと早く帰ってこなくちゃだめじゃないか」
私は反抗することもなく、でもちょっとそっぽを向いてやった。だけど日を増すごとに女の子の来る回数は増えていった。やはり、ここも私の居場所ではないんだとやっと気づいた。
次の日には、名残惜しさを振り払って家を出た。昔のようにがんばって生きていける自信はないけれど、それでも生き抜いていこうと思った。
数日たったころ、私は昔とはぜんぜん違う町模様に愕然としていた。ご飯にもなかなかありつけず、もう餓死寸前でふらふらだった。
今日もあなたと出会ったあの日のように雨が降っていた。私は橋の下にむかった。
今思えば、あなたに恩返しができないことが少し不満、あなたとの日々はとても幸せで、あの日々が在ったからこそ私は生きていてよかったと思えます。
最後に一目会いたかった。
そう思って、顔を上げるとあなたがいた。
やせ細った私を強く抱きしめ、あなたはまた怒って言った。
「なんで、どこいってたんだよ……探したじゃないか」
あなたの目にも涙が浮かんでいた。私が死ぬのがわかっているようだ。
ごめんなさいと謝ろうとしたけれど、もう声が出そうになかった。
私には心残りが少しありますが、あなたに見守られ、抱きしめられて逝けることだけでもう満足でした。
「死ぬな……また家に帰ろう」
心残り……それはあなたにお礼を言ってなかったこと
でも、今ここでそれも言えそうです。
本当に幸せでした。
私は本当に最後の力を振り絞りあなたにお礼を言う。
「にゃぁ……」
これが私の最後の言葉となり、ただ1匹の猫の私は、あなたのぬくもりの中でいけたことだけで幸せでした。
本当にありがとう。
幸せでした。
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